その研究の1つがスタンレー・ミルグラムが行った通称アイヒマン実験です(もう1つはジンバルドーの監獄実験)。
本書『服従の心理』は、アイヒマン実験についてミルグラム本人が書いたものです。いわゆる専門論文とは異なり、一般向けに書かれたものであるため、実験参加者のインタビューなど具体的にエピソードも盛り込まれており、読み物としても非常に読みやすい1冊です。
アイヒマン実験とは「人は権威から命令を与えられたとき、どこまで残酷になれるのか?」を実証的に明らかにすることを目的とした実験で、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺の責任者アドルフ・アイヒマンにちなんで名づけられた名称です。
ミルグラムはこの実験で、一般の人々も権威から命令が与えられると、驚くほど残虐になれることを示唆しました(アイヒマン実験の概要はこちらをご覧ください)。
自分のことを残酷な人間だと思っている人はそれほど多くはないでしょう。
たとえ権威からの命令であっても、他人に危害を加えるような行為はとてもできない…そう認識している人がほとんどではないでしょうか?
しかし、そんな私たちが持つ素朴な人間観をミルグラムは実験と言う実証的方法を用いて覆します。
実は自分が思っているほど、私たちは善良かつ道徳的で独立した人間ではないのかもしれません。
また、心理学実験として、ミルグラムの行った実験デザインの秀逸さに改めて感心しました。
シンプルな実験デザインで、これほどビビッドな実験結果を示すところに、ミルグラムの「実験屋」としての才能を感じます。
実験概要の面白さに比べると、後半のモデル化はイマイチといわざるを得ませんが、もちろん、それによってこの実験の価値が下がるというわけではありません。
人間の本性とは何か?
それを明らかにするのが心理学の目標の1つですが、それに加えて、一般に広く認められている人間観に挑戦し、改めて人間とは何か?と人に再考を促す研究が私は優れた研究だと考えます。
近年、いわゆる「常識」を数量的になぞっただけの心理学研究が多い中(そういう研究ももちろん必要ではありますが)、ミルグラムの研究はやはり後世まで語り継がれるだけの価値がある研究だと改めて実感しました。