
(c) GOETHE|写真素材 PIXTA
【直感に反して、調査によるとお人好しの方が皮肉屋よりも他人のウソを見抜くのがうまい】
人間とは時に信頼できない生き物です。人はしばしば人間の本質に対して非常に疑い深くなり、ウソをつくことに一理あるなら他人は喜んでウソをつくだろうと考えがちです。
私たちは直感的に、ウソを見抜くにはシニカルであることが有利であると信じています。そしてNancy Carter とJ. Mark Weberが、MBAの学生たちに、他人に対する信頼傾向の高い人と低い人のどちらが他人のウソを見抜くのがうまいかたずねたときに明らかになったこともそうでした(Carter & Weber, 2010)。
結果は、私たちの期待どおりでした。85%の学生が、信頼傾向の低い人が高い人よりもウソを見抜くのがうまいと考えました。
しかしこの結果は正しい答えなのでしょうか。信頼傾向の低い人は、本当にウソを見抜くのがうまいのでしょうか。
■ライアーライアー
CarterとWeberは、確信がもてなかったので、29人の参加者がどれぐらい信頼傾向が高いかを測定し、模擬就職面接のビデオを見てもらいました。
ビデオの中で、被面接者は職を得るためにベストを尽くすように言われましたが、その半数がそのプロセスの中で3つウソをつくように言われました。
これらのビデオは、その後実験参加者に見せて、被面接者が雇われる可能性と誠実さを測定するよう求められました。
驚くべきことに、超人的なウソ発見能力を示したのは信頼傾向のもっとも高い人でした。信頼傾向の高い人は、ウソに対して敏感で、どの被面接者がうそをついているか正確に見抜くことができました。
私たちの期待に反して、信頼傾向の低い人の成績がもっとも悪く、彼らはウソつきを見つけだすことに正確ではなく、ウソをついていた被面接者の一人を雇いやすかったのです。
信頼傾向の高い人は、落ち着きの無さや声のイントネーションや声質の変化など、ウソの古典的サインに注意をむけやすいようです。
これは私たちに説明の余地のある直感に反した結果を残しています。信頼傾向の高い人は、ウソを見抜くことがヘタなわけではなく、実際には、あまり人を信頼していない人よりも成績が優れていました。私たちは、信頼傾向の低い人が欺き行動を見抜くのがうまいと期待していましたが、信頼傾向の高い人ほどの成績は示しませんでした。
一体何がおこっているのでしょうか。なぜ私たちの直感は間違っているのでしょう。
■社会的知能
この調査は、理由については教えてくれないけれどー結果しか教えてくれないーなぜ信頼傾向の高い人がウソを見抜くのがうまいのかという理由のいくつかを指摘しています。
1.感受性
ウソに敏感だからこそ、人は他者を信頼するようになるのかもしれません。彼らはウソを見抜くのがうまいので、ダマされることに悩む必要がありません。
2.リスクテイキング
その一方で、社会的リスクを取るけれども、それによってより正確なウソの見抜き方を学ぶことが出来る人もいます。社会的リスクを取らないから訓練することもない人は、ウソとホントの見抜きかたを学習することもないでしょう。これらの2つの要因の上に、人の生得的な能力を考慮しなければならないでしょう。ある人はボディランゲージを読む天賦の才がありより高い社会的知能を持っていますが、それを得るためにたくさん学習しなければならない人もいます。
■リスクと報酬
説明がどうであれ、自動的に(ときにはむやみやたらに)人を信用することが時には有利に働くことを強調しています。信頼傾向の低い人の問題は、他人を信頼することがないので利益も少なく、社会的リスクを取ることも非常に難しいということです。
例えば、あまり面識のない人からレストランへ誘われたとしましょう。やましい動機を隠しているに違いないと考えて断れば安全かもしれませんが、すばらしい友達を新たに獲得することを見逃すことになるかもしれません。
同じことがビジネスにも言えます。信頼は商業的関係の基本です。よい取引とは、両者のベストを尽くすことで成立します。それはしばしばお互いをそれほどよく知らないままに行われることもあります。誰も信頼しないビジネスパーソンは、成功することが難しいことに気づくでしょう。
信頼傾向の低い人は、ダマされることを避ける一方でチャンスもまた見逃しています。それに対して、信頼傾向の高い人は、二つの世界のいいとこ取りができます。彼らは誰かがウソをついている時、頻繁にそれを見抜くことができるようになり、関係性の早い段階で社会的リスクを負うことで、社会的にも経済的にも利益を得ることができるのです。(翻訳 山崎Y)
*この記事はPsyblogの「Highly Trusting People Better Lie Detectors」の翻訳記事です。

